BANDAI NAMCO

CAREER

入社、活躍、そして部長職へ

大矢 陽久 HARUHISA OYA

2004年に印刷業から入社し、玩具企画を具現化する開発業務からキャリアスタート。
モノづくりの経験を積んだ後、「スーパー戦隊」や「仮面ライダー」の玩具企画担当を経て、
2016年にトイ事業でゼネラルマネージャー(GM/部長職)に就任。
その後、プラモデル事業や版権管理部門の部長職として、組織を牽引中。
「同魂異才」が、次世代の
エンターテインメントを生む。

「異業種人材募集」の広告に
呼ばれている気がした

前職は代理店機能を持つ印刷会社でクライアントの販促・プロモーションを担当していました。
ある日、ふと見た電車の中吊り広告に「バンダイ 異業種人材募集」の文字が目に入り、
何となく自分に言われているような気がして、応募してみたことがきっかけになります。

転職後は、玩具業界ならではの言葉を覚えることに苦慮し、
モノづくりの単語集みたいなものを受験生のように覚えながら通勤した記憶があります。
経験豊富な先輩方に「これは何ですか?どうしてこうなるんですか?」となぜなぜ攻撃を繰り返し、
設計や金型の知識を蓄えながら、妄想に近い企画をいかにして具現化するかを突き詰めていました。

開発から企画への
ローテーションは突然に

開発業務が板についてきた頃、ヒーロー玩具の企画を担当することになりました。

ただただ、良い玩具を作ることを目指していた開発業務から、
人前でプレゼンをしたり、番組制作スタッフと打合せをしたり、撮影現場に足を運んだりと、
今の後輩たちがイメージする「自分」の仕事に役割が変わっていきました。

開発の「作れるのか?」の発想から、企画の「子どもたちの夢中とは?」への切り替えが難しかったですが、
子どもたちに「その玩具こそが本物」と感じてもらうために、頑張っていました。

マネジメント職として
「背負う」立場へ

2008年に「スーパー戦隊」の企画チームで初めて管理職を担当することになりました。
私はゴリゴリ前線で戦うタイプで、部下と共に学び、共に目標を目指す、あまり管理職っぽくない奴でした。

2011年に「仮面ライダー」の企画チームでマネージャー(M/課長職)を任せていただいた際には、
陣頭指揮を取って前線に出ることもありつつ、目的を明確にしてジャッジをしなければいけない立場として、
色んな意味で「背負う」という感覚を持つように。

不安はありましたが、大小問わずチャンスが多くめぐってくる会社だと感じていたので、
チャンスを見過ごさず、「まずはやってみる」の精神を心掛けていました。これは今も変わっていないです。

最大のプレッシャーは
最高の思い出に

思い出深いのは、同じく2011年の「仮面ライダーフォーゼ」の商品発売日です。
仮面ライダーW、オーズとヒット作品が続く中、フォーゼの前評判は非常に厳しいものでした。
一切の妥協も許さずに作った変身ベルト「DXフォーゼドライバー」でしたが、本当に売れるかどうか…。

大きな不安の中で迎えた発売日当日。
大手玩具量販店に足を運ぶと、そこには何組もの親子が開店前から待機列を作ってくれている姿が…。
その様子を見たときは、思わず涙がこぼれました。
こっそり泣いたつもりだったのですが、しっかりと後輩に見られていたのも今では良い思い出です。

世界中の子どもの熱狂を
「同魂異才」の仲間たちと創る

現在は部長職として、部員の個性、想い、経験をくみ取りながら、目標のベクトル合わせに努めています。
その結果、みんなで成果を勝ち取れた瞬間は本当に嬉しいものです。

一方、エンターテインメントは博打の世界。何がいつヒットするかは、世に問うまでわかりません。
だからこそ、この会社は「同魂異才」の多種多様な人材のあらゆる視点を必要としています。
みんなと一緒じゃなくていい。何かに突出していたり、全く違う経験をしてきた人がいい。

我々の「未来のお客さま」の入口は、間違いなく、子どもたちの憧れとそれを生み出す事業です。
次の時代に向け、世界中の子どもたちが熱狂するIPやMDを「同魂異才」の仲間たちと創っていくために
個性豊かな人たちが認め合う環境づくりや土壌を、より一層大切にしていきたいです。