バンダイ深掘コラム「夢・創造人」

2019年11月1日

Vol.02 新規企画仕掛人<後編>プロデューサーという仕事~知見を集め、カタチにする~

「ZEONIC TECHNICS」プロジェクトリーダーである原田は、さまざまな新規プロジェクトを担当した人物として、社員にも広く知られている。インタビュー後編では、バンダイでのこれまでの歩みや手がけた仕事に迫り、「ZEONIC TECHNICS」を手掛けるに至るまでの系譜をたどっていく。
同時に、原田自身の仕事に対する想いを取り上げていきたい。

少年時代の「好き」が仕事に

原田は1970年生まれ。この世代が遊んでいた玩具は、アナログ玩具がデジタル要素を色濃く取り込みながら進化していく過程において「ゲーム」という新たなエンターテインメントを形成されていくといった、玩具市場の過渡期だった。

「ファミリーコンピューター(83年)が発売され、状況は大きく変わりますが、その前の時代の玩具は多様に進化し、ユニークなアイディアが盛り込まれていました。70~80年代は玩具が特に輝いていた時代だと思うんです。」
人生ゲーム(68年)、超合金(72年)の誕生に始まり、オセロ(73年)、トイラジコンブーム(76年~)などユニークなゲームや玩具が登場した。そして70年代後半、LSI(集積回路)を使用した電子ゲームがセンセーショナルを巻き起こした。ゲームウォッチ (80年)もこの時期に発売された。当時の玩具は原田少年に鮮烈な影響を与えた。(余談だが、これらをアーカイブ(コレクション)していくことが今でも趣味のひとつなのだそうだ)
原田のモノづくりの原点はこの時代にある。

バンダイのLSIゲームシリーズの代表的なヒット商品
「LSIベースボール」(78年)

メーカー志望だった原田は、ゲーム業界と玩具業界、悩んだ末に1993年、バンダイに入社した。
入社2年目、当時栃木に完成した研究開発部門であるテクニカルデザインセンターに所属となる。「これまでにない新しい要素技術を創る」という命題を受け、自由なアイディアを求められた。「テクニカルデザインセンターでの研究は、玩具における新しい“種(SEED)”を作ることを目指してましたが、なかなか上手くいきませんでした。」と原田は語った。
4年間、現場で試行錯誤したのち本社に戻り、商品化するキャラクターのライセンス契約や番組提供などを行うメディア部に。
しかし配属後間もなく「モノづくりの現場に戻りたい」という想いは強まり、業務の傍ら企画書を制作する。その熱意が認められたのか、1999年には当時バンダイが発売したばかりの携帯ゲーム機「ワンダースワン」の専任部門であるSWAN事業部へと異動する。ここで原田は本格的なデジタルゲーム制作に関わることになる。

SWAN事業部で手掛けた商品群の中で、ひときわ目を引くのが2000年のロボットブーム時発売した「ワンダーボーグ」である。
「ワンダーボーグ」は6本の脚を持つ昆虫型ロボット。「ワンダースワン」と、専用ソフト「ロボットワークス」を使用してプログラミングで昆虫型ロボットを制御できる。触覚によるセンサーも備えていて、「右の触覚にものが触れたら左回転」といった条件プログラムを入れることで自律的に行動するという本格ロボットだ。
「ゲーム=デジタル」という時流の中で、「ロボット=アナログ」でプログラミングできるという、まさに「新しい価値」の提案だった。
(またまた余談だが、「ワンダーボーグ」の開発メンバーが現在の「ZEONIC TECHNICS」のシステムデザインをしているのだという)

「ワンダーボーグ」(2000年)

後にビデオゲーム事業部に異動し、ゲームボーイアドバンスやプレイステーション向けゲームソフトの開発に携わる。なかなかヒットに恵まれずにいた原田は、ヒットタイトルを手掛けるプロデューサーからノウハウを学ぶことになる。
「彼らと関わっていく中、2006年の「.hack//G.U.」シリーズの開発くらいから、“こういう仕事のやり方もあるのか”というのが見えてきた気がしました。それまではやりたいことを自分の気合いや思い込みでやっていたものを、ちょっと引いたところから各プロフェッショナルに協力してもらう、という方法論が理解できました。……最初は全部自分でやりたくて、結果良いものが作れませんでしたから(笑)。」
「.hack//G.U.」(2006年)はプレイステーション2用「.hack//G.U.」の新作ソフトで、マンガ・アニメ・小説などが複合的に展開するメディアミックスを採用した代表的なIPだ。これら全てを一人で手掛けることはほぼ不可能であるがゆえ、プロフェッショナルなチームワークは不可欠となる。こういった環境下において「プロデューサー」という仕事の存在や、チームワークが生み出す力や必要な熱量を学んだという。

「鵜之澤伸さん(元:(株)バンダイナムコゲームス代表取締役社長)にはこう言われたんです。『100点の商品があるとして、限られた期限の中で自分なりの100点を取ることも素晴らしいが、自分は20点でプロフェッショナルに80点以上を取ってもらい、しっかりと5商品500点以上の仕事をする。会社はそっちを評価するぞ』」。
プロデューサーというのはそういう側面もある。なかなか難しいんですけど。」と原田は語った。

“ゲーム畑出身”であるアドバンテージを活かしてさまざまなプロジェクトを手掛ける

バンダイとナムコが経営統合した翌年、カード事業部に異動した原田は、プロデューサーとして活躍する。
2000年代初頭まで、カードゲームはコレクションカードやトレーディングカードといったアナログな商品が市場を支えていた。バンダイでは1988年にはすでにカード市場へ進出し、カード自販機「カードダス」で、子どもたちの人気IPのコレクションカードを販売することで成功を収めていた。
2000年半ばからは、トレーディングカードとアミューズメントマシンが融合した「デジタルカードゲーム筐体」が市場を賑わせており、バンダイでも2005年に「データカードダス」として筐体を投入、デジタルゲーム開発経験者が求められていた。
「(ナムコと経営統合・ゲーム事業を分社化した後の)バンダイ社内にはゲームを作った経験がある人がほとんどいなかったため、私にはアドバンテージがあった。また「.hack//G.U」で学んだメディアミックスの知見も大きかったです。」
「ウルトラマン」の特撮番組と連動する「大怪獣バトル ULTRA MONSTERS」、「仮面ライダーキバ」から始まり「仮面ライダーディケイド」と連動した「仮面ライダーバトル ガンバライド」など、データカードダスのヒットタイトルに多く携わった。また、同時にカードゲーム筐体全台に通信端末を搭載するなど遊びとしての新しい価値提案・ビジネスモデルの強化も行った。
そして、プロデューサーとしての原田の幅を広げたのが、オリジナルIPでのメディアミックスへのチャレンジである。「アイカツ!」や「マジンボーン」、2.5次元プロジェクト「ドリフェス!」は、カードゲーム発のオリジナルIPにチャレンジしたいという会社や現場の声を受け、原田がプロデューサーとして立ち上げたものだ。それぞれ女児・男児・大人の女性とターゲットが異なるため世界観やゲームバリュー、宣伝手法などは全く異なるが、根底に共通するのは、ゲーム畑で学んだメディアミックスとプロデューサーとしての仕事観だ。

左から「アイカツ!」「マジンボーン」「ドリフェス!」

そののち、原田は“大人向けホビー”を手掛けるコレクターズ事業部(現:BANDAI SPIRITS)でハイクオリティな造形の追求やビジネスモデルを学び、現在の新規事業室へと至る。

「ZEONIC TECHNICS」をプロデュースするということ

子どもの頃夢中になったおもちゃの歴史を、1990年代以降は自らが紡いできた原田が新たに「STEM教育」という分野に挑んだ。
今回手掛けた新規事業部での「ZEONIC TECHNICS」である。
「ZEONIC TECHNICS」は、原田でなければできない側面がある。

「業務を管理・監督する立場にも関わらず現場でプロデュースも私が兼任しているのは、ロボットの基本、ロボットの定義、教育的側面といった“考え方”の部分、かたやスマートフォンでの操作やプログラミングなどのバランスやデザイン、インターフェース……。商品コンセプトを叶えるためには複雑かつ複合的な要素を、ブレずにひとつの方向へ集束していくことが重要なためです。これまでのプロデュース業務の経験が活きている部分もありますが、今回もまた分からないことだらけ、というのが正直なところです。」

「ZEONIC TECHNICS」は玩具ではなく、教育プログラムだ。「かっこいい」「楽しい」だけではく、確固たる「学び」を得られなければ意味がない。ロボット本体も教本においても、妥協は許されない。より本格的な知見が必要なため、ロボティクス、教育を本業とするメーカー各社に声をかけ、専門家のアドバイスを取り入れながら開発を進めた。

「きっと先方には『あいつは色々わかってないけど、やる気はあるな』と思われているのではないかなと(笑)。」と原田は笑いながら語った。
これは「ZEONIC TECHNICS」のザクのベースとなっている本格的なホビーロボット「KXR」シリーズを開発した、近藤科学とのエピソードである。
「ZEONIC TECHNICS」以前、近藤科学へロボットIPを使ったビジネスを提案したことが何度かあったが、ロボティクスへの理解や「現実のロボットは何ができるか」という点で、接点が見つからなかったという。なぜなら、これまでの提案の先にはプラモデルやフィギュアのような精密なスタイリング、可動域、現実には不可能な運動性、アニメを現実化するような方向性での「動くロボットフィギュア」であったからだ。
対して「ZEONIC TECHNICS」は、ロボット教材として何ができるか、「ZEONIC TECHNICS」で提供したい価値がどこにあるのかを提案した。
結果、近藤科学のロボティクスの知見が活かせるのでは、という評価が得られ「これなら実現できます」という返事をいただけたのだという。

初期企画書用に作成したイメージ画像

イラストは一般的なホビーロボットをベースにデザインしているが、実際の商品化にあたって近藤科学側の熱量もものすごく、機能や仕様を活かしながらそれでも随所に「ザク」ならではの要素を盛り込んだ、思い入れを強く感じるものになったとのことだ。
(ロボット開発者には「機動戦士ガンダム」ファンが多く存在するそう。)

新しいチャレンジは皆が協力してくれる。
「ZEONIC TECHNICS」が切り開くもの

「ZEONIC TECHNICS」は「機動戦士ガンダム」の世界観でロールプレイするロボット教育というものに、お客様が価値を感じてくれるのか、まずはここがスタートである。
お届けはもう少し先ではあるが「ZEONIC TECHNICS」の教育プログラムをどう活用してもらえるかを問いかける最初のイベントとして考えているのが「動画コンテスト」だという。5秒動画など、動画でユーザーからの投稿を募り、モーションの面白さや、プログラム技術の成果などを見せて欲しいとのことだ。なぜなら成果発表もまた、学びの重要なサイクルと考えているためだ。

「ZEONIC TECHNICS」はさまざまなチャレンジを行なっているプロジェクトだ

もう1つ、「ZEONIC TECHNICS」にはバンダイにとっての新しいチャレンジがあるという。本商品は12歳以上(中学生以上)の商品となっている。バンダイはこれまで12歳以上という対象年齢表記はなかったが、STEM教材として、中学生以上に楽しんでもらいたいという思いから社内各所との調整を行ったという。適正な商品を適正なユーザーに提供するためには、避けられない部分だった。

「有難いことに皆さん協力してくれました(笑)。『新しいことをやろう』という動きに対しては応援してくれる会社なんだと実感し嬉しくなりました。」

現在原田の所属する新規事業室では事業室自身がプロジェクトを進めると共に、社内公募のアイディアを推し進める“社内ベンチャー”の役割も担っているという。自身も「ZEONIC TECHNICS」と並行して「BANDAI IoT WORKS」ブランドのもと、新たな玩具の提案や、現在準備中の新規IPの立ち上げなど、さまざまなプロジェクトを進行中だ。

原田の「新しいもの、面白いことをやってみたい」という欲は尽きることがなさそうだ

「新しいことをやると、意外に皆応援してくれるよ、ということを社内の人達に伝えたいです。周りは協力してくれるから、新しいカテゴリ、新しい遊び、そういうものにどんどんチャレンジしていこうよ、と。確かに新しいことの成功確率はそう高くないかもしれないが、入社したときの気持ちや、当時何をやりたかったのか、会社に何を期待していたのか、もちろん経年変化した現在の志でも良いですから、何を貫きたいのか、それさえ持っていれば、道は色々開けると信じています。」

最後に、原田はこう語りかけた。

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